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東京に雲海出現❣️

春爛漫。

皆様いかがお過ごしでしょうか?

うちは3人娘全員が進学(大1、高1、中1)という、家内にとっては大変な時期を迎えました。気分一新、それぞれがライフスタイルを変化させていきます。

娘達を見ていると、まさに前途洋々、意気揚々。さあ、頑張るぞ!とこちらも自然とエネルギーが湧いて来ますね。

 

今週は長女の引っ越しのお手伝い&入学式に合わせて、久々に東京ステイしました。

彼女の学生寮のそばに日本を代表する建築家、丹下健三氏による「聖カセドラル大聖堂」と山縣有朋氏が作庭した「椿山荘」があるので訪問しました。

 

椿山荘でのお楽しみは、最近スタートした雲海体験です。

三重塔をシンボルに、ぐるりと囲んでいる30万本ともいわれる春を謳歌している樹木達。回遊式庭園をゆったりと廻れば、桜の淡い白と瑞々しさ溢れんばかりの緑が何処までも瞳に心地よく、樹々の生命力が香り立ってくるよう。

そして!定期的に発生させる大雲海が演出する空間の、その幽玄!その圧倒!

大雲海の中に佇んでいるとホワイトアウトして視界ゼロとなり、ちょっと不安さえ感じました。

雲海はものの数分で文字通り雲散霧消するから、まさに一瞬の出来事。

満喫しました!

 

2日目に訪れた聖カセドラル大聖堂は、これまでヨーロッパで見てきた荘厳や耽美とは些か趣が異なる、スッキリとした線が印象的な美しい立派な教会でした。

お手伝いで一緒に行った三女が礼拝堂からなかなか出てこない。後から訊いたら「自然と涙が流れてきた。」との弁。自分と向き合う良い時間だったようです。

 

あと、早稲田大学の政経学部の、まるで洋館のホテルのような建屋など、一見に値するものでしたし、短時間でしたが空間プロデュース的にも大いに刺激を得ました。

 

「楽しみは2ヶ月先に計画すると良い(近すぎず、遠すぎずでそれまでモチベーション高く過ごせるから。確かに1ヶ月はすぐだし3ヶ月は遠い)」というから、次回東京は6月頃に行きたいと思います!

 

それでは画像をご覧ください。

肝心の雲海の雰囲気が伝わるものと教会の画像が無いですが!

Think Globally ‼️

Think globally, Act locally という有名なフレーズがあります。

「地球規模で考えて、身近なところで行動する」というような意味ですね。

 

蛇足を承知で書きますが、グローバリーとローカリーという反義語的なワードを同じ韻で対比させる表現は見事というほかなく、ちょうど良い短さ具合のセンテンスは私でも一発で覚えました。

そして!なかなかに深いですね。

 

地球規模で考える、ということはより広い視野で物事を見るということ。

身近で動くということは、日常生活に根ざしたものであること。

 

何でもそうですが、言うは易しく行なうは難し。

それでも、覚えやすいが故に頭の片隅にこのスローガンが残っていたのでしょう。先日、友人の車の助手席に乗った瞬間に、パーンと思い出されたわけです。

 

 

友人の車のナビゲーションの表示

 

Think globally, Act locally 、ここで見事に実践されてました!

ただ、何処に向かってるのか皆目わからんけど。

あと最新のナビ、役に立ってないと思う。

前へ倣えは!古い昭和の価値観 

今日は少々建築を離れたテーマでコラム的なものをおひとつ。

つい最近、小春日和だな、と冬の中にもささやかな春を肌で感じたばかりなのに、いつの間にか本当に春の息吹を感じる日々が訪れています。

「最近」とか「この前」という時間の感覚がどんどん長くなってきているのでしょうか。

否、時間は流れるものではなく、過ぎ去るものでもなく、あるのは今、この瞬間だけ。といいます。

時間は横軸ではなく、縦軸(すべては同時に起きている)で表現されるといいます。私も大好きな映画「インターステラー」はまさにそれ、時空を超えた5次元での個人的な愛に裏付けられた行為が世界を救う、という映画でした。

 

瞬間の連続が人生であるから、今この瞬間のありようで、過去も未来も変化する。過去の出来事自体は変わらないけれど、その出来事に対する受け止め方は変わります。

最近私に起きたいくつかの出来事は、そんなことを実感するものでした。

「なぜこの人はこんなことしか言えないのだろう?」とか「なんで自分はあの時にこんなことをいってしまったのだろう?」とかいろいろと生きていると思うわけですが、そんな自分を「整える」ということを最近(これは「最近」ブログでも書いていますね)やっているうちに、ある時思いがけない「この人が次の展開に向けてこんなことを申し出てくれた!」とか「あんなことを言ってしまったけれど(そしてその結果あんなことになったけれど)、それらがすべて結果オーライにつながった」などの出来事になったりするのです。それによって「この人」に対するイメージも、「あんなことに」対する反省もすべてがひっくり返り、あるいは浄化されるような気持になるわけです。

これはまさに、今この瞬間を変化(自分的には進化)させることで、未来や過去(の出来事に対するイメージ)が変化した瞬間だと思います。

 

バックキャスティングという過去にとらわれずに未来のビジョンを設定し、夢を実現させる手法(考え方)がありますが、5次元的に考えたら、これは正しいのですね。

なぜなら今この瞬間を変えたら、同時に過去(の受けとめ方)も未来も変化するのだから。

そう思うと、3日前に起きたつい最近の出来事も、3か月ほど前に感じたつい最近のことも、結局どちらもつい最近(というかむしろ今、この瞬間)なわけであります。

 

で、ここからが実は今日書きたかったことなのですが、「前へ倣え!」という学校でさんざんやってきた、あの号令。

今でもやってるのでしょうかね?

あれ、まさに前例や前と同じ人、同じことをやることを正しいと思わる、横軸基準の、言ったら「昭和の価値観」そのものじゃないでしょうか?

明治時代あたりからの大きな政府、大きな組織に人を当てはめる時代には、それなりの正当性もあったかもしれませんが、古巣のグループ2万人だったJTBが資本金をドカンと縮小させるこの時代。

大企業が必ずしもベストではなく、むしろ小さな優良企業が時代を創る、と言われるこの時代。

なんなら一人会社のフルハウス株式会社が「あの社長すばらしいからぜひあの会社に家を建ててもらいたい!!」とお客様が殺到していただける、この時代。(いや、これはかなり願望が入ってます。)

もはや変えるべき昭和の価値観を引きずるようなお手本はどんどん撤廃させるがよろしい!

そして、むしろ今この瞬間に、何をどう感じるか、個々人の思いを大切に、過去や環境にとらわれずにビジョンを育むような教育にシフトしていくがよろしい!

そしてそんな子供たちが増えるほど、いつか世の中はさらに想像力と創造性に溢れた大人たちでいっぱいになるから。

 

とここまで書いてきて、教育の現場から「前へ倣え!」が撤廃されていたら、いろいろ言ってごめんなさい。

などと思った、お日様が気持ちの良い春のある朝でございます。

 

 

 

 

 

それは愛か、愛ならどうするか?

「神との対話」という書籍を読んだときにとても印象に残った言葉です。

「それは愛か、愛ならどうするか?」を問いなさい。と。

 

ちょうど会社を立ち上げた頃に読んで、色々と試行錯誤の中で出会い、いい言葉だな、と思って手帳に書き記しました。

でも、これが実践できているかというと、難しい。

「相手のために尽くせているか?」「安全面や近隣への配慮はできているか?」「叶えたいことを充分に汲み取れているか?」

考えるべきことは多岐に渡り、そしてややもすると慌ただしさに余裕を失い、目先のこと、時間やコストのことに視点を奪われてしまい、何が本当に大切なことかをしっかり落とし込んでいないとブレてしまいます。

 

このことについてある企業クライアントの役員さんと話をしていたら、毎晩、寝しなにリセットの時間をとっているとのことでした。一日を振り返り、漏れがないかを落とし込んでから寝るそうです。

たとえ時間がかかっても、こういうひと時を持つことで物事を深堀り、熟成させることができると。

自分と向き合う時間といっても良いかもしれません。

 

私は、最近は冒頭の言葉を「フルハウスの社長なら、どうだろうか?を常に問う」と表現を変えて毎朝の祈りの言葉で繰り返すようにしています。

基本姿勢を常に意識して、ブレないためです。

日記を書くことで1日を振り返り、翌朝、祈りの時間でリセットする。

元来、短気でそそっかしいから、こういう時間を意識してしっかりと確保する必要があるのです。

深堀り、熟成することをスペースチェックするとネーミングしました。文字で定義すると意識しやすくなりますね。

 

最近お客様から新築案件をいくつかご紹介頂き、目下、プロジェクトを進めるための準備をしています。

夢と想いがたくさんのプロジェクトです。絶対に実現してあげたいと思います。

 

スペースチェックの時間をしっかりとって、一つ一つを大切に進めます。

 

 

 

 

家を建てるということ〜新築&リノベーションのフルハウス株式会社

 

家を建てるということ。

私自身も新築を建てた経験はありますが、といってもこれは亡き祖父が「結婚したら住むように」と全て祖父主導で決めたもので、私自身や付き合っていたガールフレンド(今の家内ですが)の想いは全く反映されていない建物、でもしっかりローンは私名義で組んでいました(やっと最近ローンを完済できました💦)。

祖父から見て当時の私は余程、どこへ行ってしまうかわからない若造だったのでしょう。

 

そんなわけなので、リノベーションはそれなりに今の住まいをあれこれ変化させてきて(それこそ一部をカフェにしたり😊)、それなりに経験は多いかと思いますが、新築を建てる、という経験は自分自身の実感としては少々薄いのです。

だから、新築に関しては、これまで携わらせていただいた新築のお施主様を通して、毎回自分自身の擬似体験として共鳴しています。

銀行に同行して住宅ローンの申込み用紙に実印を押すお施主様の姿を見ながら、自分ごとのようにその重みを感じたりするわけです。

 

3月から名古屋市南区で古い木造住宅を解体して新築を建てるプロジェクトが始まります。

Facebookで熱い思いをアップしたお施主様の記事に改めて「さあ、いい家を建てよう!!」と背筋がシャキッとなります。

家を建てる真の目的は、そこで住まう家族が理想のライフスタイルを実現する、ということ。

そのためにフルハウスができるお役立ちは何か?を常に自問する。

 

お施主様の記事をせっかくなので共有しますね。

家を建てることになりました❣
1年3ヶ月前に手帳に書いた【やりたいこと】の1つに
『両親が暮らしやすい家を建てる』が実現に向けて近づいています。

田舎の祖母のよたよた歩く姿を見て、小さな段差も不安なのがわかり
母や伯父が手伝っている姿は10年後の私だなとみていました。

今の実家の間取りだと自分が伯父や母のように出来るのか不安しかなくなり

1年前、両親に「5年後同居をしたい。二人が今、出来る当たり前のことも5年後、10年後、この家の造りでは難しいと思う。今から建てるのは夢の話だからコツコツ貯めたいんだ。」

と伝えました。

馬鹿じゃないのと跳ね返されましたが

こっちは大いに真面目!

「世話にならないように頑張る」と最初は言っていましたが

5年後、10年後を考えてもらうと今の家の間取りでは現実難しいのではないかと考え

私はなるべく

5年後に✨と目標を共有しました。

そこで、古澤さんに
夢の夢ですが、形にすることでより近づける気がして✨と
お願いして間取りを作っていただいたら

両親が具体的に描けたみたいで
あれよあれよと5年後の夢が
1年後、現実化するために動き出しました😂

まさか、まさかで
もちろん私に準備も力もなく
両親主導でスタートすることになりました。

25年前に建てた家は亡くなった祖父主導で実は意見を言えず
間取りの不満があったらしく

自分たちのための家を考えて
両親が嬉しそうに調べている姿を見て
私は既に達成感に近い
満足をしてしまっています🤣

譲れないポイントとして
両親の生活動線は
バリアフリーではなくユニバーサルデザインに🍀
人を招く家ではなく
家族がそれぞれストレスフリーで仲良く過ごせる家に
個々を尊重した家に
そして、弟たちが自然に集まってわいわいしながらくつろげるような家に

そんな家で家族の笑顔があったら
最高に幸せです🥰

去年は『一人で考えている妄想に近い夢』だったのが
『両親の楽しみな夢』
『息子達のワクワクな夢』に変わりました。

目標の共有
1つ1つ小さな1歩をすすめる

大切だなと思いました。
そして、この急展開に人生って面白いなと思いました。

10年前の自分から
とても想像出来ない自分がいます。
両親にバトンを渡して
私は1つ1つ自分のペースで後を追います😉

変化を楽しむマインド

2月になりましたね。本当に時間の過ぎるのが早いな、とびっくりさせられます。

おかげさまで先週末にはフルハウス株式会社初となる、名古屋市内での新築の契約を取り交わしました。本当にありがたいことです。

思えば4年前、立ち上げてきた組織を解散して名古屋ショールームを閉鎖してから、周囲の皆様に助けられて一人で再始動して今日まで来ました。ここからフルハウスらしさを全開で名古屋でもどんどん新築をしていきたいと思います❗️さらに進化させるよう改めて頑張ります‼️

というわけで自分的進化論(?)です笑。

 

以前名古屋から撤退するとき、あまりにも多くのものを失う不安と恐れとで心がいっぱいでした。

とはいうものの、岐阜に戻ってからもまだスタッフが一人いたので、心情を表にはあまり出さなかったと思います。

でも身体は正直ですね。その頃の2ヶ月間の間に盲腸炎と憩室炎を患いました。どちらも似たような場所で似たような痛み。幸い軽度なもので薬で治療できました。

名古屋から撤退することになった経緯は、それこそ手記にでもしたいほど大変だった思い出もある反面、喜びの思い出もたくさんあるので今回は省きますが、いずれにせよ、撤退、という事実に関して様々な経験を通して気づきと学びの糧は間違いなく得てきました。

まだまだ成長プロセスの途上ですが、一つ大きな流れに対する気づきは、変化を楽しもうよ。というマインドがいかに大切かということ。

現状維持は誠に居心地が良いものだから、変化していく、ということに対して本能的に恐れを抱く自分がいます。だから最初は状況を無視していかに撤退せずに済ませられるか、に固執しました。

でも変化するものだけが生き残ることができる、とも言います。やはり撤退は必要でしたし、結果的に救われました。

 

どんなに大変でも、どれほど失っても、それでも与えられているもの、助けてくれる人、見守ってくれている誰か、何か、は確実に存在するということを全身で感じる毎日に、ジンジンと感謝の気持ちが湧いてきました。

何を失うかではなく、与えられたもの、得ているものにフォーカスする。

そうして少しづつでも変化=進化していく日々を充実させることで、成長していくのでしょう。

心の成長を表すグラフは、スパイラル曲線を描くから、これからも似たような心情を感じながら、それでも確実により広い視野、より長い目で物事を見て判断できる人間性を獲得していけると信じています。

これからのフルハウスを見守りつつ期待していてくださいね‼️

 

 

 

 

 

神様からの祝福

朝はガッツリ着込むのに午後からは汗ばんでどんどんと薄着になる、という気温の変化と、例年よりも多めの雪模様に戸惑いがちなこの冬ですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか?

 

私はコロナ災禍で夜間外出の機会がめっきり減ったこともあり、夜は家族との時間をゆったりと過ごしています。

娘たちとのちょっとしたゲームや遊びをして過ごす時間が、それぞれの成長で変化していくと思うと、ああ愛おしいな、としみじみ感じます。

自分にとって家族とはどういう存在なのか、をちょっと考えてみました。

いろいろ思ううちに一番ピッタリきたのが「神様からのプレゼントであり祝福そのもの」。

そう思うと胸がボワッと温かくなってきます。

そんな家族にとって自分は夫として、父親として、いつもどんな存在でありたいか、思いつくままに書いてみます。

 

フットワーク軽く、必要な時に必要なこと、ものを充分にしてあげられる

いつも穏やか

かけがえのない瞬間をより多く共有している

思いやりにあふれている

 

こういうことを意識するようになったのは昨年末から「自分自身と向き合う時間」を取るようになり、本来の自分が求める姿が明確になってきたからかもしれませんね。

更なる未見の我、との出会いを楽しみに自分と向き合っていきます。

 

それでは1月の活動画像をご覧ください。

 

年明け最初に着工したTさんの外構の打合せ図面、長女とその友人との登山、クライアントのMさんとの登山、クライアントcafe Neoでの雪景色の薄墨桜に癒されながらティータイム、聖徳学園大学附属中学校での志授業の様子です。

 

 

「自分の人生をどのように生きたいのか」自然体で暮らすということ~新築&リノベーションのフルハウス株式会社

あけましておめでとうございます!

2021年を無事に迎え、この一年、価値を磨きつつ使命をしっかりと全うするよう気持ちを新たにすると共に、皆様の健やかなる発展をお祈り申し上げます。

 

昨日は、目標設定と計画の策定をぎりぎりまでやっていました。おかげで年越しの夜は、娘たちが楽しみにしていた「嵐」のファイナルライブを家族全員で盛り上がって鑑賞。感動を分かち合いました。

解散発表以来2年間で3000億円ともいわれる経済効果を上げたビッグネームの終焉に、2020年の終わりとともに時代が変わっていくのを感じた次第です。

 

前回のブログでも書きましたが、大きな価値転換が起きています。

私自身は、人間性を磨く、ということがまず何よりも必要であると感じる機会を与えられました。

 

年末は、これまで学んできたコーチング等で知己を得た友人・知人の経営者からの刺激や井上感動マネジメントの井上社長、スピリチュアルカウンセラーをしている家内のアドバイス等をもらいながら、改めて「私は自分の人生をどのように生きたいのか」という人生命題と向き合いました。

結果は、まさに「人生の棚卸し」。

過去の幼少期まで遡って、自分が何をどう感じてきたのかを掘り下げ、直視しづらい過去を呼び起こす作業をするはめに。

おかげで、かなりすっきりしましたよ!(笑)

8年ぶりくらいに「人生設計図」を書き直しました。これは今後もブラッシュアップします。

 

私が描いた歩みたい人生とは

「信仰と家族を大事にして時間・場所・お金・人間関係から自由になって、あらゆる瞬間を楽しむ人生」

というものです。

自由(freedom)、家族(family)、信仰(faith)、楽しむ(fun)。

これらはいずれも私が大好きな映画のコンセプトであったり、尊敬する経営者の信条でもあり、それらに私の心が大いに共鳴してきました。

 

そのために必要なことは「自然体である」。自然体というとちょっと漠然としていますね。

自然体ということをもう少し掘り下げ、いろいろと書き出しているうちに、ストンと腑に落ちる言葉が出てきました。

それは「自分と相手に思いやりでいること」。

そんな私なら必ず幸せな気持ちでいます。きっと歩みたい人生を歩めることでしょう。

この一年が美しく彩られ、実り多き豊かなものであるよう望みつつ、自然体で暮らしていきます。

 

画像は年末に策定した人生経営と会社経営のピラミッドです。

あなたはどんな人生にしたいですか?

 

 

 

自分と向き合う〜新築&リノベーションのフルハウス株式会社

コロナ災禍により価値観やあり方、方法論が激変した2020年からいよいよ新たな年へとカウントダウンが始まった感があります。

 

フルハウス株式会社にとっては、コミュニティ(地元、というだけでなく繋がりの意味で)の皆様からのお声がけによって助けられた感謝、感謝の一年でした。誠にありがとうございます。

 

コロナ災禍と言っても、起きてしまった事象、状況を嘆いてばかりもいられないわけで、春から始まった自粛生活、ステイホームでは改めて家族や夫婦について考えたり気づきを得る機会となりましたし、どんな状況においても、そこに「楽しみ」「喜び」を見出していくのが人間です。

私自身も住まいの快適さ、ということ、機能性や安全性ということを改めて考え直す時間を持つことができました。

瞑想する、ということも注目されましたね。

私自身も「心の声に耳を傾ける」ということを学び始めた年にもなりました。

世の中にネガティブなムードが広がり、大人が疲弊することでその影響を大きく受ける子供達の存在は、文字通り「未来への希望」です。

如何に自分の軸を持って生きるかはそういう点でとても大切です。風評や情報に振り回され流されて、鬱状態に陥ることは避けるべきです。鬱は未来への希望を奪うものだからです。

 

コロナ災禍でなくとも、どんな状況も起こり得る。だからこそ自分に軸を持つ。そのために「自分と向き合う」。自分のためにも、なにより子供達のためにも。

持続可能性という言葉が、単なる言葉で終わらぬよう、フルハウス株式会社としても今後取り組んでまいります。

 

 

来年9月の家具国際見本市への熱い想い〜新築リノベーションのフルハウス株式会社

イタリアが好きだ。

貿易の仕事に携わっていた30代の6年間、毎年約60日間はイタリアを中心とするヨーロッパに渡欧する、という生活を送っていた。

イタリア、ドイツ、北欧、ちょっと変わったところではスロベニア、クロアチア、ボスニアヘルツェゴビナなど、20代の旅行会社勤務の頃はヨーロッパへ行くといっても観光地を観て歩く表面的なものだったけれど、貿易ではメーカーさんのご家族にもお会いしたり、逆に訪日した海外の方を自宅に招いたりと、彼らの考え方や生活様式を深く感じることができた。

私のヨーロッパ好きな理由は、姉がイギリスに住んでおり頻繁にネットでやりとりしているから、イギリスに親近感を覚える、というのもある。

ちなみに妹がアメリカに住んでいるが、不思議とアメリカに行く機会は最近恵まれていない。

ヨーロッパには今の仕事(14年前から建築業を営んでいる)を始めてからも数回行っているが、行くたびに心からワクワクする感動を得られる。

極端な話、街に立っているだけでも嬉しい。

自分が風景画のような歴史を見てきたレンガと石の建物に囲まれた通りの一部になったような気持ちの良い、錯覚。

今すぐに旅行したい!そんな気持ちを押し殺しながら粛々と生活しているのである。

そんな折に、一通のメールが来た。

画像1

キターーーッ☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

2021年の9月に家具の国際見本市がミラノで開催される、という通知である。

これ、家具の展示会としては世界最大規模のものでビックサイト7個分(だったかな?)くらいの広さ(だと言えば想像できるだろうか?)に世界中から出店する家具メーカーのブースが展示されるのだ。家具だけではなく、キッチンや照明などもある。貿易時代は毎年、某イタリアメーカーの日本総代理店の責任者、出展者として参加していた。例年4月開催だが、コロナ禍のおり、今年(2020年)は実施されなかったし、来春も厳しい、というわけで9月開催にて確定された、というメールだった。

この規模になってくると、経済効果も半端ないわけで、国をあげての事業レベルだろうから、コロナ禍にあってもやはり開催していかなければ、という事情もあるのだろう。

「夢の渡欧」が突然、一歩前進して「目標」になった瞬間だ。

これを今から来年の行動計画に落とし込んで行く。

絶対に、何としても、是が非にも、行く。

但し、安全性が担保されていないワクチン接種が条件でなければ、ではあるものの。