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私らしいカフェのあり方を求めた結果❓❗️


新築中のカフェのキッチン動線にお施主のHさんが頭を悩ませていました。

というのは、このカフェのロケーションが、淡墨桜という、岐阜ではかなりの名所の真向いにあり、4月桜満開のシーズンともなるとそこへ至るまでの道が延々と渋滞を起こすという超繁忙期があり、逆にその約2週間以外はポッカリと閑散であるという、実に良くも悪くも風光明媚な地域性なのである。

お施主様のHさんは学校の教師という職に就いていて、過去に全くサービス業、ましてや飲食店業の経験はない。

ただでさえカフェの運営について「どのようにやっていこうか?」と悩ましいことが満載であるのに、「超繁忙期にどのように対応するか?」という非常に大きな課題がある。

なるべく人の手を借りずにその時期を乗り切ろうとすれば、勢い、オートメーション対応可能なメニューやドリンクのセルフサービスなどが選択肢に入ってくる。

けれど、これらは2週間以外はむしろサービスとしてはちょっと寂しい。

そしてキッチンの様々な設備や動線、給排水の位置にも大きく影響する。

当初はそのような計画で進めてきた。

Hさんが素晴らしいのは、ここで改めて基本に立ち返ったことだ。

なんのためにカフェを始めるの❓

どうしたら私らしくカフェをやれるの❓

自分が理想とするカフェのあり方やビジョンはどのようなものなのか❓

これを突き詰めたことで、超繁忙期対策をしない、という選択に至ったのである。

これはとても勇気がいることだ。

超繁忙期に超繁忙期対応をしない、ということは見込める売上(収益)が下がることに等しいからだ。

もちろん良い点もある。超繁忙期向けの設備が全面的に不要になり、動線もスッキリする。

Hさんにとってのカフェで本当に大切なのは、そこでは無かったということ。

カフェのコンセプトであり、ブランディングの根底をなすもの。

それこそが、Hさんのカフェにかける志なのだ。

「最も大切なのは、志を明確にしてブレないこと」。と1857年に吉田松陰先生も言っている。

カフェ新築の地鎮祭に乾杯!!

梅雨が山を湿らせ、草木が薫る中でのcafe Neoの地鎮祭です。

ここまでくるのに、おそらくお施主様のHさんは様々な葛藤を繰り返してきたことでしょう。

時には希望と勇気に満ち溢れ、時には恐れや不安で一杯になりながら、でも一歩一歩やるべきことを少しづつ進めて、最終的に「大いなる決断」をしたんだと思います。

私はHさんにとって、最高のチアリーダーになりたい、と真剣に思っています。

それがフルハウスにお声がけをくださり空間プロデュースのパートナーとして選んでくださったHさんへの誠意を行動で示すことだと思っています。

地鎮祭の最中、横に目をやると、淡墨桜が1500年の樹齢を数えながらも、折れた枝の先にまた新たな芽を出していました。それはまるで、勇気を出して一歩を踏み出したHさんに幸多かれ、と見守ってくれているようでした。

後悔しないための窓の選び方

窓論です。

一般的には窓について日常生活で意識して考えることってあまりないと思いますが、私は空間プロデュースの仕事上、割と多い方だと思います。

そもそも家とか建物の目的は、屋外環境を(良くも悪くも)遮断するためです。

でも、壁と屋根で全てを遮って仕舞えば、真っ暗な、味気のない、なんとも以後ごちの悪い空間でしかありません(尤も、あえてそんな空間が必要な場合もあるわけですが)。

つまり窓は、言って見れば屋外環境の良さを屋内空間に取り込むための、文字通り窓口なんですよね。

屋外の良さは、なんといっても気持ちの良い陽の光とそよぐ風。そして景観。

加えて日本には四季の移ろいというものがあるから、そのシーズンごとの季節の良さや風向き、天候、景色の変化、太陽の高度の変化など、様々な変化要素があります。

窓を設置するには、当然、これらの諸条件を含めて検討する必要があるわけです。

ある小学校の建物で、それを実感したことがあります。

その小学校、旧校舎の建て替えで木材をふんだんに使って、デザインもなかなか素敵なんですが、先生曰く、風の通りが全くなく、ために夏は極めて不快な校舎内になってしまうそうです。

おそらくそれなりの設計士さんが関わったはずですが、実際の現地調査で、そのあたりの掘り下げが不十分だったのかもしれません。

因みに自宅をカフェにした際に、都合上真っ暗になってしまう部屋の屋根に天窓をつけて、採光と通風を解消できたことがあります。

夏場の太陽の直射については布で防ぐことで解消しました。

窓を付ける際に考えることとして、以下列挙してみましたので、今後の何かのご参考にしてください。

窓を設置する時の要素。

窓の位置、サイズ、機能を決める。

1年を通して太陽や月の高さや軌跡を考慮しての光の入り方、季節毎の風の通り方、部屋内から見える景色とその移ろい、外側から見える部屋内の状態や外観のイメージ。

窓は透明なのか、すりガラスなのか、あるいはどの程度のすりガラスなのか。

窓枠の素材は何か。樹脂製?木製?鉄?あるいはその組み合わせ?色は?

以上を考慮して決めれば、まず後悔は無いと思います。

夢と志のタネを蒔く

4年ほど前から志授業のお声がけを下さっている岐阜市立境川中学校の多田校長先生と久しぶりにお会いした。

様々なお話の中で、この先生は芯がブレないなあ、と言う印象を改めて強く感じた。

どんな内容にせよ、どんな状況にせよ、誰のために、何のためにそれをするのか、何が最も大切なのか、が明確なのだ。

大抵の学校は、校長先生が変わると新任の校長先生のやり方に変わるから、同じ学校でもそれまでとは全く異なった学校になる。

これは企業経営においても、全てはトップ次第で全く同じ。

でも、だからこそ、志授業のような、子供達に真に大切な価値観や考え方を伝える講話はとても大切で、たとえ校長先生が変わろうとも、その絆を繋げたい、繋げていただきたい、と思う。

そんなことを考えていた矢先、伊自良中学校の校長先生から志授業のご依頼の電話を頂いた。

多田校長先生のもとで教頭を務めていた先生だ。

多田校長先生の想いのタネが、確実に繋がったのを感じて、私は無性に嬉しくなった。

さあ、気合いを入れて生徒たちに夢と志を伝えていこう。

Webサイト

志を持って未来を切り拓け!

岐阜市立梅林中学校の310名の生徒さんに向けて「志授業」!

実はこの学校の理念が「志をもって未来を切り拓け」というもので、代々の校長先生がこの理念のもとで指導をしてこられたということです。

講演の前にも、澤田校長先生から志教育の理念について、熱くその志を聴かせて頂きました!! 本当に素晴らしい学校です!

そして!!

そういう学校で学んでいる生徒さん達の反応の良いこと!

とっても気持ちいい!!

この反応の良さに!気持ちの良さに!突き動かされてこの活動をしているんだな、とつくづく感じます。

講話のなかで、松下村塾で教えた吉田松陰の「志を立てて以て万物の源となす(志を明確にすることが人生の基本となる)」という教えが、たった2年!のたった80名!の生徒から、その後の日本を創り出す人物がたくさん輩出されていることをお話しするのですが、この理念が、まさに梅林中学校の「志を持って未来を切り拓け」と同じ!!

志のある教師が、志のある教育をすることによって、志ある人間がつくられていくのだ、ということを、時代を越えて存在するこの2つの学校が証明しているわけですね。

世に伯楽あり、しかる後に千里の馬あり、といいます。

名伯楽まではいいませんが、少なくとも子供たちの人生に、未来に、重しになってしまうような大人であってはならない!!

つくづくそう思います。

バリアフリーの本音。答えはリゾート空間

真のリゾート空間とは?

NPO法人立志教育支援プロジェクトの同志、V字研の酒井さんが主催する「新規ビジネス研究会」に初参加しました。

自身が車椅子生活を強いられている「バリアフリー解消請負人」白倉栄一さんによる、真のバリアフリーを実現するにはどうすれば良いか?を学ぶ3時間でした。

ここでまず「なるほど❗️」と思ったことは、「綺麗事ではなく、バリアフリーは儲かる⁉️」という入口が突破口であること。

言葉だけが先行してて、特に日本は遅れている現実。これを突破するのが、儲かる、という欲求に叶うことでより多くの人が取組むモチベーションに貢献する、ということ。

実際、建築面でも、対策にコスト高であったり、通常以上の労力が必要であることから、ややもすれば「あきらめる」という選択肢を選びがちです。

今後、より多くのエビデンスが明確になることで促進していくことは間違いない。

まず特別なことでなくても、対策していることをしっかりと情報公開すること。これは利用者にとっても親切で、結果、利用者の増加、リピートに繋がるから。

そして、設備や技術と言った物理的なことだけでなく、心の有様。サービス提供側の企業や団体が、高いES(従業員満足)を実現することで高いCS(顧客満足)につながる、というサービスの本質。これらの要素がリンクされたところに真のバリアフリーは存在する。

気づきの一言集約。


つまり、フルハウス流に言うと、真のバリアフリーとは、しあわせなリゾート空間を実現することに他ならないのである。

令和を迎えて

皆様、いよいよ本格的なGWですね。今年は最長10連休という会社もあるようですね。

長期休暇をいかに家族や友達と楽しむか。お金はかけなくとも、家族との生活を改めて慈しみ、心身ともに豊かでリフレッシュできるような時間にしたいですね。

さて、2019年5月1日の今日、いよいよ令和の時代を迎えました。私もこれで昭和、平成とあわせて3つの時代を生きることができました。令和がいつまで続くのかは誰にもわかりませんが、これまでのような競争から共創への価値転換、さらに言えば奪い合いよりも分かち合いに価値を置く、「思いやりある資本主義」社会の実現に貢献できる存在を目指したいと思います。

私には3人の娘がいます。この子供たちに、「パパ、なぜこんな時代に私たちをこの世に送り出したの?!」と悲しむような世界に絶対に住んでほしくない!!

子供達には幸せな人生を送れる環境をつくってあげたい!と思います。

そして、社会が今、そんな風に動き出しています。

その一つの象徴として、国連が提唱するSDGs(持続可能な開発目標)への本格的な取り組みが聞かれるようになりました。

自国優先主義、孤立主義が再び台頭している時代でもある一方で、地球規模で「皆が安心して暮らせる世の中を実現したい!」と本気で願う人々も確実に多くいるのです。

フルハウス株式会社もこのSDGsへの取り組みを進めてまいります。


年々歳々花相似たり〜マーガリンの広告から

つい先日まで、すっかり抜け落ちてしまい冬景色だった我が家の庭の樹木にも、かなり緑が肉付き、いくつかの花も咲き出している。

まさに生(せい)をハツラツと謳歌する最高の時期だ。

花を見るようになると、唐詩の「年々歳々 花相似たり 歳々年々 人同じからず」というフレーズが浮かんでくる。

毎年毎年、花は同じように咲くけれど、人は変化する、という意で、盛者必衰の理(ことわり)を表している。ゆく川の流れはたえずして、というあれと同じ意味ですよね。

それで、今日送られてきた情報で、へえ〜、と思ったのが、

「昭和30年代のマーガリンの広告はこんなのだった!」(画像)

バターが絹ならマーガリンはナイロン❗️

エッ⁉️

逆じゃないの❓❓

今なら、「じゃあ絶対、バターがいいじゃん‼️」ってなります。

まあ確かにマーガリンに含まれている、化学物質の数々。。

当時の広告は、ある意味とっても正直なのか。

いやいや、もちろん。

そんな謳い文句が、宣伝の表現として成立する、そういう時代だった、ということなのでしょう。

化学的なものが当たり前ではなく、絶賛あるいは崇拝に近いほどの熱狂で受け入れられた時代。

そんな時代だった印象を、この広告から感じる。

まさに歳々年々 人同じからず。

今や時代のテーマは

自分らしさ。自然体。

あるいは

持続可能性。

高度経済成長前の、物質的豊かさの「無い」時代にそれを求めて奮闘し、現代の「ある」時代に失ってしまった人間らしさを求めて邁進する。

どちらも幸せになるために。幸せであるために。

無いものを求めるのが、人間の本質なのでしょうか。

と、ここで思考は少し飛ぶ。

性(あるいは脳)の違う男女(夫婦)が、その違い、無いものゆえに試行錯誤しながら、その違いを埋めるかのようにお互いを求め合い生きている、ひとえに幸せになりたくて。という状況とどこか似てるとは言えまいか。


The spring has come!

つい最近までは枯山水のようだった(いや、そんな立派なものじゃありませんが、寒々しいという意味です)フルハウスの庭を通り過ぎざま、目の端に飛び込んできた鮮やかな緑と白に、思わず「おっ♪」と声が上がりました。殺風景だった庭にも、いよいよ花が咲き始めました。

昨日の訪問先でも、ツバメのカップルが一年ぶりに巣に戻ってきたところに出くわしたようで、しきりに囀り合いながらあたりを飛び回っています。

しばらく様子を見ていると、まるで「どうする?ここでいいよね!ここで子育てしようね!」と相談し合っているようで、人間と一緒だなあ、とつくづく微笑ましかったですね。

こんな「ザ、春が来た!」のシーンを目の当たりにして、ちょっと心を和ませたりできるところが日本の四季の豊かさの一つ。

卒業、入学、入社、転職、転勤などなど、人間様にとってはいろいろと大変な時期でもあるけれど、スプリングが弾むような気持でこのシーズンを満喫していきましょう!(笑)って、座布団持ってかないで~!!

人生は何を選択するか、で決まる~雪山でのこと

行って参りました!!今年初の蓼科雪山!大学時代からの友人のシゲさんにガイドしていただいての、恒例の登山。

今回はその登山での気づきをぜひ紹介したい。

晴れ予報での決行だったから、極めて楽観的に現地に行ったら「雪は降る~♪、あなた(太陽)は来ない~♪。(古ッ?)」天気はどんより。景色は一面雪で真っ白。

おまけに地域の店舗のお休みデーで飲食店やってないため、仕方なく白樺湖畔のローソンでご飯をかき込み(きれいな店でした)、近くの温泉に入り(熱めのお湯でgood!)、早々と素泊まり2000円(!)のプチホテル「まほろば」へ。安すぎてまさか暖房とか無いなんじゃないやろね、とおっかなびっくりだったけど、暖房完備、お湯も出るしで料金以上の施設に満足です。

ところがこの夜。9時には消灯したけど天気が気になってかマンジリともせず(なにせ大雪のなかでの雪山は人生初挑戦だから)、寝られないことで焦る気持ちからなのか、さらに目が冴えてきてしまう。

「過去のことにクヨクヨせず、未来のことにオドオドしない!」が人生を楽しく(幸せに)生きるための箴言であると自分に言い聞かせ、浮かんでくる仕事のことなどを脇へと押しやりつつ、ウトウトとしては目覚めて携帯で時間をチェックする、を繰り返しているうちに迎えた朝5時。外を見ると、、、「わあ、さらに雪が積もってる⤵そして曇天(+_+)」。雪は止みかけてるが、この状況でまじで行くのか。。でもこういう時、シゲさんは凄い。なにせ揺るがない。彼の「いい感じじゃん。これ良くなるよ。」の一言で肚は決まった。早速準備開始。




登山道、きれいに雪で埋もれてます。その様はまさにバージンロード♪足跡一つない雪の樹林帯に足跡をつけていくのは、やはり気分いいもの。

人生初のワカンを足につけ、はじめはなかなかご機嫌な感じです。

ほどなくきつい傾斜に。あまりに滑るから、さらにアイゼンも着用。「ガッツリ直登(ちょくとう)の雪山やないかーい((+_+))」という感じです。

それにしてもキツイ、キツイ。やはり前日睡眠できていないのがダイレクトに体調に反映。一歩踏み出すたびにフーフー息が切れる。ペースがどんどん落ちていく。過去にちょっと負荷をかけすぎたぺースで登山してて心臓がアブツいた(激しい動悸のこと)トラウマが脳裏に蘇り、それがさらに足を重くする。

正直、挫折しかけました。その時の体力云々もさることながら「12時前にピークに到着できなければ下山する。」という自分の山登りのお約束が果たせなさそうだったこともある。

でも、今回のblogの気づきポイントはここ!!

それはシゲさんの適切なフォローもあり、ピークへの登頂については「必ず行ける!」と信じていたこと。できるできないではなく、あきらめるか、あきらめないかの選択の問題にすぎない、ということ。

結局、登り3時間の予定を大幅に超えてのピーク到達。山頂はご機嫌な晴れ!でもブリザード凄すぎて、ものすごい強くて冷たい風が身体に吹き付けてくるから顔が痛い!!マイナス20度くらいじゃなかろうか?寒すぎて冷たすぎるから早々にピークを後に下山開始。足取りも軽く、雪で滑るから下山は早い、早い。

つまり、12時登頂や体調を理由に退却もできたけど、登頂を選択したからピークに行けた。これ、まさに人生そのものじゃなかろうか。というのが言いたかったことなのです。